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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)2863号 判決

原告 (反訴被告) 福崎末松

原告 田中富次郎

右原告両名代理人弁護士 中本照規

被告 (反訴原告) 小堀又吉

右代理人弁護士 東野丈夫

主文

被告から原告等に対する大阪法務局所属公証人汐見甚作作成第一六、八三九号金銭消費債務履行に関する契約公正証書の執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。

反訴原告(被告)の請求を棄却する。

訴訟費用は本訴並びに反訴とも被告(反訴原告)の負担とする。

本件につき、昭和二十八年四月九日当裁判所がした強制執行停止決定を認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

まず、本訴請求について判断する。

原告主張の(一)の事実は当事者間に争がない。証人福崎敏治(第一ないし三回)、同田中種次郎(第一、三回)の各証言、原告本人福崎末松(第一、二回)、同田中富次郎(第一、二回)被告本人(第一ないし三回、但しその各一部)の各供述に甲第二号証、同第五号証の一、二、同第六号証の一ないし三を綜合すると、次の事実が認められる。

訴外福崎敏治は、原告福崎の弟で、原告田中の娘の夫であつて、従来被告に対し金十二万六千円の借金債務を負担していた。ところが、昭和二十七年十二月上旬頃被告から右債務につき連帯保証人を定めてもらいたいと要求されたので、右訴外人は、当時兄である原告福崎と同居していたのであるが、同原告の印章を勝手に盗み出し、また妻の父である原告田中の印章を偽造し、その頃右各印章を使用して、自己が被告から借受けた金員の借用証書(乙第二号証)に勝手に連帯保証人として原告等の署名を記入し、その各名下に右各印章をそれぞれ押捺して同証書を被告に差入れ、なおその頃右各印章を使用して、原告等作成名義の公正証書作成嘱託に関する白紙委任状二通(甲第五号証の一、二)を偽造し、右原告福崎の印章を使用して同原告の印鑑証明書(甲第六号証の三)の下附を受け、また右偽造の原告田中の印章を使用して、印鑑届をし、その印鑑証明書(甲第六号証の二)の下附を受け、右各白紙委任状及び印鑑証明書をその頃被告に交付し、以て、被告をして、公正証書作成嘱託につき、原告等の代理人を選定せしめ右各白紙委任状の所要部分を補充せしめた上、右各委任状及び印鑑証明書を使用して公正証書の作成嘱託方を委任した。被告は、右交付を受けた金員借用証書中の原告等の関係部分及び右各白紙委任状はいずれも真正に成立したものであり、右各書面及び前記印鑑証明書の各交付並びに公正証書作成嘱託についての原告等の代理人選定委任はいずれも原告等の意思に基くものであると信じていた。そこで被告は、右同月十五日訴外黒杉佐真太を原告等の代理人に選定し、右各白紙委任状の所要部分を補充した上右各委任状及び印鑑証明書を使用して原告等の代理人としての右訴外人と共に大阪法務局所属公証人汐見甚作に公正証書作成の嘱託をなし、その結果本件公正証書(甲第二号証)が作成されるに至つたのである。以上の事実が認められ、被告本人の供述(第一ないし三回)中、右認定に反する部分は、いずれも前記各証拠に照して、にわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によると、本件公正証書記載の原告等関係部分のうち、直ちに強制執行を受けるべき旨の合意に関する部分を除いたその余の部分はさておき、右合意に関する部分は結局無権代理人の嘱託によつて作成されたものであるというべきである。

そこで、右合意に関する部分につき、被告主張の表見代理の抗弁について考究するに、凡そ、公正証書記載の直ちに強制執行を受けるべき旨の合意に関する部分は、強制執行による権利保護の要件を形成するので、訴訟上の法律行為たる性質を帯有するものであることが明かであるから、このような行為にはその性質上私法の原則として定められた表見代理に関する民法第百十条等の規定は適用または準用されないものであると解するを相当とする。故に、被告の表見代理の抗弁は被告主張のその余の点の判断をまつまでもなく、その理由のないことは明白である。従つて、本件公正証書中原告等に関する部分は、債務名義たるの効力がないものであるというべきである。

被告は、被告が原告等の自称代理人である福崎敏治と本件連帯保証契約を締結した当時及び同人から本件公正証書作成嘱託につき原告等の代理人選定委任を受けた当時、被告は同人から前記各委任状等を平穏且つ公然に受取り、そして同人に原告、等の代理権限がないことにつき善意無過失であつたから、民法第二百五条、第百九十二条により、原告等に対する本件連帯保証債権及び本件公正証書作成嘱託につき原告等の代理人を選定し得る権利を即時取得した旨抗弁するので、該抗弁について判断する。

即時取得は、専ら占有を以て権利の表象とする動産について取引の安全を保護する制度であるから、これを権利の表象を異にする他の財産権の上の準占有に拡張することは妥当でない。故に、民法第百九十二条の即時取得の規定は準占有については準用せられないものであると解するを相当とする。従つて、被告の右抗弁もまた理由がない。

以上の次第であるから、本件公正証書中、原告等の関係部分の執行力の排除を求める原告等の本訴請求は正当である。

次に被告の原告福崎に対する反訴請求について判断する。

同原告は、本件反訴請求は確認の利益がないから、許されるべきものでないと抗弁するけれども、本訴において、本件公正証書記載の同原告関係部分のうち直ちに強制執行を受けるべき旨の合意に関する部分の無効のため、同公正証書が同原告に対する関係でその債務名義たるの効力がないものであると判断され本訴異議が認容された場合、右合意に関する部分以外の私法上の法律行為すなわち本件連帯保証契約に関する部分の効力の存否従つて連帯保証債権の存否につき本件のように当事者間に争がある以上は、その債権者であると主張する被告において、その債権の現に存在することを即時確定する利益のあることはいうをまたないから、同原告の右抗弁は失当である。

そこで、進んで、被告が反訴請求原因として主張する本件公正証書記載の被告と同原告間の連帯保証契約が有効に成立したか否か従つて、被告の同原告に対する連帯保証債権が存在するかどうかについて判断する。

右連帯保証契約締結の経緯については本訴において前に認定したとおりである。

そこで、本訴における被告主張(三)の表見代理の主張について判断する。

まず、被告主張のように、本件連帯保証契約締結当時及び訴外福崎敏治が被告に対し本件公正証書作成嘱託につき原告福崎の代理人選定の委任をなした当時、右訴外人が同原告の何等かの代理権を有していたかどうか、または、その以前にこれを有していたことがあつたかどうかにつき検討する。

右訴外人が右当時において、右のような代理権を有していたことについては、これを認めるに足る証拠はない。

けれども、右訴外人が昭和二十七年七月無尽会社から金員を借受けた際、同原告が同人の依頼により、その保証人となることを承諾し、且つ、その保証のため、同原告の印章を同人に預けた事実の存する旨を同原告が本訴の訴状の請求原因中に記載し、昭和二十八年八月十一日の本件口頭弁論期日において右訴状の請求原因を陳述したことは記録上明かであるから、同原告において右事実を自白したものである。しかし、同原告はその後の本件口頭弁論期日において、右自白は真実に反し、且つ錯誤に基くものであるから、これを取消す旨陳述し、被告は右取消につき異議ありと述べ、右自白を援用した。原告本人福崎末松(第三回)は、右自白真実に反する旨供述しているが、同供述部分は証人福崎敏治の証言(第二回)及び原告本人福崎末松の供述(第一、二回)に照してにわかに措信し難く、他に右自白が真実に反することを認めるに足る証拠はないから、原告福崎の右自白の取消はこれを許すべきでない。そして、右自白の事実によると、訴外福崎敏治が昭和二十七年七月無尽会社から金員を借受けた際、原告福崎は、右訴外人に対し自己を代理して右無尽会社との間において右訴外人の借金債務につき保証契約を締結する権限を授与したことがあること、いいかえると、右訴外人がその頃一時右代理権を有していたことが認められる。

被告は、なお原告福崎は、右訴外人が以前に訴外浜田勇から金十五万円を借受けた際、同人に対し自己を代理して右浜田と連帯保証契約を締結すべき権限を授与したことがあると主張するけれども、以前本訴事実が併合されていた当庁昭和二十八年(ワ)第一四二三号事件の被告本人浜田勇の供述中右事実に照応する部分は、証人福崎敏治の証言(第一回)に照して、措信し難く、他にこれを認定するに足る証拠はない。

しかして、代理権の消滅後従前の代理人がなお代理人と称して従前の代理権の範囲に属しない行為をした場合でも、もし右代理権の消滅につき善意無過失の相手方において、諸般の事情に考え、自称代理人の行為につきその権限があると信ずべき正当の理由を有する場合には民法第百十条及び第百十二条の立法精神に則り右両規定を類推適用して、当該の代理人と相手方との間になした行為につき、本人をして、その責に任ぜしめるを相当と解する。

この場合右のように、相手方は自称代理人と自己との間の行為当時同代理人の従前の代理権の消滅につき善意無過失であることを要するわけである。従つて、相手方において右認識を欠く場合には、従前の代理権の消滅につき善意無過失ということはあり得ないから、他の事情の如何を問わず、右両規定を類推適用することはできないものであると解する。今本件について、これをみるに本件連帯保証契約締結当時被告がその以前である昭和二十七年七月訴外福崎敏治において前認定の原告福崎の代理権を有していた事実につき認識していたことはこれを認めるに足る証拠はないから、被告は当時該事実につき認識がなかつたものであると推認するの外はない。そうすると、本件においては右説示により他の事情の如何を問わず右両規定の類推適用はできないものであるといわねばならぬのみならず、前認定の事実関係の下では、被告において右訴外人に代理権限ありと信ずべき正当の理由を有していたとはいえないから、この点からしても右両規定を類推適用することはできない。

右の如くであるから、被告の表見代理の主張は理由がない。また被告の準占有の主張が理由ないことは、既に本訴において判断したとおりである。そうすると、前認定の事実関係により明かなように、被告主張の原告福崎と被告との間の本件連帯保証契約は有効に成立しなかつたものであり、従つて、被告は同原告に対しその連帯保証債権を有しない筋合であるから、被告の反訴請求は失当である。

以上の次第であるから、原告等の本訴請求はこれを認容すべきであるが、被告の反訴請求はこれを棄却し、本訴及び反訴の訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、強制執行停止決定の認可及びその仮執行宣言につき同法第五百六十条、第五百四十八条第一、二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚)

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